徳永・松崎・斉藤法律事務所

監査委員が取締役に対する訴訟を提起しなかったことについて善管注意義務違反が認められなかった事例
~東芝事件・東京地判H28.7.28~

2017年03月15日更新

  1.  事件の概要
    株式会社東芝は,独立行政法人から受注した業務について,労務費を水増しして請求・受領し,これが発覚した後,早期の幕引きを図るために本来返還する必要のない金員まで返還し,結果として損害を被りました。
    東芝の株主は,上記損害について取締役らが賠償義務を負うと考え,監査委員に対して,取締役らに対する責任追及の訴えを提起するよう請求しましたが,監査委員は提訴しませんでした。
    そこで,株主が原告となって,当時の監査委員を被告として,上記の不提訴の判断が監査委員としての善管注意義務・忠実義務に違反するとして,上記損害の一部である約5億円を請求する訴訟を提起しました。
  2.  東京地裁平成28年7月28日判決の要旨
    1.  善管注意義務・忠実義務違反の有無の判断基準
      「監査委員会を構成する監査委員が,取締役の責任追及のために訴えを提起するか否かについて,善管注意義務・忠実義務の違反の有無は,判断・決定時に監査委員が合理的に知り得た情報を基礎として,訴え提起の判断・決定権を会社のために最善となるよう行使したか否かによって決するのが相当であるが,少なくとも勝訴の可能性が非常に低い場合には,コストを負担してまで訴えを提起することが会社のために最善であるとは解されないから,監査委員が訴えを提起しないと判断・決定したことをもって善管注意義務・忠実義務の違反があるとはいえないものと解するのが相当である。」と判示しました。
    2.  本件への当てはめ
      判決では,提訴請求の対象となった取締役ら1人ずつについて,善管注意義務・忠実義務違反が認められるかを検討し,「取締役が部下職員からの報告を信頼して行動したことについて善管注意義務の違反があるとはいえない」「株主から提訴請求を受けた時点で消滅時効が完成していた」などとして,「監査委員らが訴えを提起したとしても勝訴の可能性が非常に低いと判断したことは合理的である」と結論付けて,監査委員の善管注意義務・忠実義務違反を否定しました。
  3.  本判決の意義と実務上の留意点
    1.  本判決の意義
      監査役や監査委員が取締役に対する責任追及の訴えを提起しなかったことについて,監査役らの任務懈怠責任が問題となった先例は他に見当たりません。
      取締役が第三者に対する債権の回収について訴訟を提起しなかったことについては,三越株主代表訴訟事件・東京地裁平成16年7月28日判決があり,「不提訴について取締役の裁量の逸脱があったというためには,取締役が収集し又は収集可能であった資料に基づき,①債権の存在を証明して勝訴し得る高度の蓋然性があり,②債務者の財産状況に照らし勝訴した場合の債権回収が確実であり,③訴訟追行により回収が期待できる利益がそのために見込まれる諸費用等を上回ることが必要」と判示しています。
      本判決の考え方も三越事件と大きく異なるものではなく,①の要件に関連して,「少なくとも勝訴の可能性が非常に低い場合」には,監査委員の不提訴の判断が善管注意義務・忠実義務に違反することにはならないと判断したものだと思います。
    2.  実務上の留意点
      不祥事が発生した場合(特に株主から提訴請求があったとき)には,監査役らにおいて,取締役に対する損害賠償請求について判断する必要があります。
      不提訴の判断については本件のように善管注意義務違反が問われることも予想されますので,監査役としては,可能な限りの資料を収集した上で,上記(1)①~③の点について,専門家の意見を得た上で,十分に議論して判断することが肝要であると考えられます。

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