徳永・松崎・斉藤法律事務所

休職期間満了による退職が認められた例
東京地裁平成27年7月29日判決 日本電気事件

2016年02月29日更新

  1.  はじめに
    今回は,休職期間満了による自然退職の有効性が問題となった事案を紹介させていただきます。同事案では,本年4月に施行される「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律」(改正障害者雇用促進法)など,障害者への企業の配慮等についても言及されており,注目すべき裁判例といえます。
  2.  事案の概要
    本件は,N社に総合職として雇用されたAが,平成22年4月に統合失調症の疑いと診断され(当時まで約5年7カ月予算管理業務に従事),平成24年2月29日まで休職を命じる旨の休職命令に従い休職していたところ(その後,アスペルガー症候群と診断されました),同日をもって休職期間満了による自然退職となる旨を告知されたため,Aが,休職期間満了時において就労が可能であったとして,休職期間満了後の賃金,賞与及び遅延損害金の支払いを請求した事案です。
    争点としては,就業規則上の復職要件である「休職の事由が消滅した」の意義およびAが「休職の事由が消滅した」といえるかの二点です。
  3.  判決の要旨
    東京地裁は,およそ次のように判示して,Aの請求を棄却しました。

    1.  「休職の事由が消滅した」の意義(下線および①,②の記載は筆者によるものです)。
      原告と被告の労働契約における債務の本旨に従った履行の提供がある場合をいい,原則として,①従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合,又は当初軽易作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいうとしました。また,②労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務を提供することができ,かつ,その提供を申し出ているならば,なお債務の本旨に従った労務の提供があると解するのが相当である。
    2.  Aが「休職の事由が消滅した」といえるか
      事実関係が複雑であるため詳細は省略しますが,概要として以下のように判断しました。

      1.  ①にあたるか
        Aの休職命令時の症状と休職期間満了時の症状や満了直前の試験出社時の様子を比較し,デイケア等の治療効果は顕著といえず,予算管理業務の部署が対人交渉の比較的少ない部署であることを考慮しても,上司とのコミュニケーションが成立せず,不穏な行動で周囲に不安を与えている状態である以上,同部署で就労可能とは認めがたいとして,①には該当しないと判断しました。
        なお,A側が障害者基本法,発達障害者支援法および改正障害者雇用促進法の趣旨からすればアスペルガー症候群の特質に対する合理的配慮が必要であると主張した点について,裁判所はかかる配慮は当然としながらも,雇用安定義務や合理的配慮の提供義務は,使用者に対し,労働者がどのような障害の状態であろうとも,労務の提供として常に受け入れることまでを要求するものではないと解した上で,Aはやはり就労可能とは認めがたいと判断しました。
      2.  ②にあたるか
        Aは職場復帰面談の際にソフトウェア開発業務の技術職への異動を申し出ているため,裁判所は当該業務の労務提供可能性を検討し,ソフトウェア開発業務であっても対人交渉は不可欠であり,Aの精神状態では提供が不可能であると判断しました。そして,当該業務以外に労務の提供を申し出ていない以上,②にも該当しないと判断しました。
  4.  検討
    1.  本判決の意義
      本判決は,休職事由の消滅の判断につき,片山組最高裁判決(最判平成10年4月19日判決)の枠組みに従い,複数の業務への就労可能性について幅広く事実を検討している点に意義が認められます。
      また,補足的ではありますが,障害者の場合の休職期間満了後の取扱いに関して,障害者基本法(19条2項),発達障害者支援法(4条)に基づく義務や,改正障害者雇用促進法の合理的配慮の提供義務(36条の3)の位置づけを論じている点も特徴的です。
    2.  実務上のポイント
      詳細な事実関係については割愛しておりますが,N社はAに対し,産業医も交えた複数回の職場復帰面談,そして試験出社の実施とさまざまな対応措置をとっており,これらの際のAの様子を裁判所は重視し,就労可能性の有無を判断している印象です。
      近年メンタルヘルスは社会問題として大きく取り上げられておりますが,企業としては,メンタ
      ルヘルスと大きく一括りにすることなく,それぞれの疾患に応じて,復職に向けての措置をとり,
      就労可能性を検討することが重要と考えられます。

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