徳永・松崎・斉藤法律事務所

医師の年俸制における定額残業代が無効とされた例
(医療法人社団Y会事件・最高裁第二小法廷平成29年7月7日判決)

2018年04月14日更新

恩穗井 達也 弁護士

  1.  事件の概要
    医療法人(被上告人)に雇用されていた医師(上告人)が,時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金の支払い等を求めた事案です。雇用契約では,年俸1700万円,医師時間外勤務規程に定められた一部の時間外勤務のみが時間外割増賃金の対象となり,通常業務の延長とみなされる時間外勤務については時間外割増賃金の対象とならないこととされておりました。
     なお,本件では他に解雇の有効性についても争われておりましたが,この点は最高裁では取り上げられていないため割愛させていただきます(ちなみに解雇有効との結論が確定しております。)。
  2.  最高裁判決の要旨
    最高裁は,「割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては…通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である」というこれまで判例上述べられていた規範(高知県観光事件・最高裁第二小法廷平成6年6月13日判決,テックジャパン事件・最高裁第一小法廷平成24年3月8日判決,国際自動車事件・最高裁第三小法廷平成29年2月28日判決・国際自動車事件)をあらためて述べた上で,「上告人と被上告人との間においては,本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金を年俸1700万円に含める旨の本件合意がされていたものの,このうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかったというのである。そうすると,本件合意によっては,上告人に支払われた賃金のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定することすらできないのであり,上告人に支払われた年俸について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分を判別することはできない」として,割増賃金が年俸に含めて支払われたとすることはできないとしました(請求額等についてさらに審理するため高裁に破棄差戻し)。
  3.  好待遇労働者と定額残業代
    最高裁はこれまでも,定額残業代の支払いと認められるためには通常労働時間の賃金と時間外労働時間の賃金が判別できること(判別性)が要件であるとしておりましたが,下級審裁判例においては,極めて高額の賃金を受け取っていた事案について,判別性が欠けるにもかかわらず,労働者の給与が労働時間数ではなくもたらした営業利益で決まっていたこと,労働時間が管理されておらず裁量が存したこと,高額の報酬を受けていたこと等を理由として,定額の賃金に残業代が含まれていたことを認めた裁判例がありました(モルガンスタンレージャパン事件・東京地裁平成17年10月19日)。本件の第一審,原審も,医師の業務はかけた時間ではなくその内容が重要視されるべきこと,医師側も労働の提供については一定程度自らの裁量で律することができていたこと,待遇面でも相当高額であることを指摘し,本件合意の有効性を認めておりました。
    本件の最高裁は,第一審,原審の上記判断を覆し,年俸が1700万円にも上る場合でも,原則通り判別性を要求することを明らかにしたものであり,今後,好待遇による例外を主張していくことは極めて困難になったものと考えられます。
  4.  好待遇労働者への対応
    他の労働者と比較して極めて高賃金の労働者について,さらに予期せぬ高額の割増賃金の支払いを要するとすれば,会社の収支を圧迫する事態となりかねません。このような事態を避けるため,本件のような定額残業代や,裁量労働制(労基法38条の3,38条の4,ちなみに通常の医師は専門業務型裁量労働制の対象業務とされていません。)の導入・運用には,慎重な吟味が必要となります。また,これらの制度を適切に導入・運用する場合であっても,労働者の過重労働を防止する等の観点から労働時間管理は必要であり,使用者が労働時間管理から解放されるわけではないため注意が必要です。
    近時の「働き方改革」のなかで「高度プロフェッショナル制度」の議論がされているところであり,今後の法改正を注視するとともに,労働時間管理についてもあらためて自社の制度,運用状況に問題がないかを確認していただきたいと思います。

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