徳永・松崎・斉藤法律事務所

契約社員に対して「交通費込み」の賃金とすることができるのか?

2019年01月19日更新

  1.  はじめに
    最近,法令の改正や最高裁判決も出て,「期間を定めて雇用されている有期の契約社員が正社員と同じような労働に従事しておれば,同一の賃金を支払わなければならないのでは?」と早合点している方もおられるようです。そこで,以下のような事例をもとに少し検討を加えてみたいと思います。
  2.  検討事例
    当社では,定年まで勤務することが予定されている高卒・大卒の新卒者である正社員(A)とハローワークを通して学歴等を考慮せずに採用され,契約期間1年,基本給1日1万円で雇用されている契約社員(B)がいる。交通費について,Aに対しては基本給の他に実費を支給しているが,契約社員(B)に対して基本給に「込み」としている。
  3.  賃金決定の自由と例外,交通費についての考え方
    1.  賃金(基本給,賞与,退職金,各種手当)は,労働者の在籍期間全体における会社に対する貢献度を勘案して決定されます。AとBの会社に対する貢献度は異なっており,両者の賃金の体系・額が違っていても問題ありません。これが大原則です。
    2.  しかし,正社員と契約社員との間の労働条件の格差が社会問題となり,法律が制定・改正され,上記の大原則が修正される場合があります。その一つが,労働契約法20条で,Bの賃金がAの賃金より低い場合に,その差異が会社に対する貢献度からみて「不合理なものではない」ことを要求するものです。
    3.  交通費ですが,まず,Bに対してまったく支給しない場合について検討すると,AB間で会社に対する貢献度に差異があるとしても,その差異と通勤に要する費用の支給・不支給とは関連性がないことから,「不合理なものではない」とはいえない,と判断されるかもしれません(この点様々な考え方がありますが,このような判断をした判決もあり,以下この考え方を前提とします。)
    4.  事例ではBの基本給の中に交通費が含まれていることから,交通費は支給されており不支給というわけではありません。ところが,Bは基本給1万円の中から交通費を支払うことになりますので,「実労働の対価」=「(基本給)−(交通費の実費)」となります。他方で,Aには交通費の実費が支給されますので,「実労働の対価」=「基本給」となります。BとAとの間で,「実労働の対価」を算出する体系が異なるのが「不合理なものではない」といえるのかが,つぎの問題となります。
  4.  「不合理なものではない」とは?
    1.  そもそも「不合理なものではない」とは,どのような場合をさすのでしょうか? 「不合理なものではない」とは,「それなりに納得できる範囲にある」という場合をさします。つまり,「不合理」はダメだけれども,「合理的」域にまで達しておく必要はない,ということで,点数でいえば,「不合理」=0点~20点,「合理的」=80~100点とすれば,「不合理なものではない」=50~70点といったところでしょうか。これを図解すると以下のとおりとなります。
    2.  AB間で「実労働の対価」を算出する体系が異なることが,「それなりに納得できる範囲にある」といえるのでしょうか? Aは,入社後会社の業務全般を経験し将来幹部社員となることが期待されており,したがって,採用担当者は地元の学校をまわり優秀な社員を推薦してもらい採用試験・面接を経て採用していると思われます。他方で,Bは簡易な手続によって雇用されており,幹部になること,甲社のすべての業務を理解してもらうことは想定されておりません。AB間で「実労働の対価」を算出する体系が異なるとしても,以上の事情に鑑みれば,「それなりに納得できる範囲にある」といえるでしょう。そうすると,AB間において「実労働の対価」を算出する体系が異なるとしても,「不合理なものではない」とはいえない,と結論付けられます。
    3.  なお,現在検討が重ねられている厚生労働省の「ガイドライン案」に記載された<問題とならない例>は,「合理的」な範囲(点数でいえば,80~100点)の事例が大半であり,「不合理なものではない」(50点~70点程度)の例ではありませんので,注意が必要です。

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