徳永・松崎・斉藤法律事務所

性同一性障害を抱えた従業員の労務管理に関する裁判例
(経済産業省事件,Y交通事件)

2021年04月23日更新

南川 克博 弁護士

近時,性同一性障害を抱えた従業員の労務管理に関して,2つの判決が立て続けになされました。本稿では,これらを簡単にではありますがご紹介させていただきます。(いずれも,従業員をXと記載しています。)

  1.  経済産業省事件(東京地裁令和元年12月12日判決・労経速2410号3頁)
    1.  事案の概要
      身体的性別は男性であり,自認する性別は女性であるXが,所属する経産省において,執務室があるフロアから2階以上離れた女性用トイレの使用しか認めない処遇がなされたことや担当者から受けた言動等に関し,国家賠償法に基づく損害賠償請求の支払いを求めたものです。
      東京地裁は,損害賠償請求を一部(132万円)認容しました。
    2.  判旨のポイント
      1.  トイレの処遇について
        トイレの設置管理者に対して,使用者がその身体的性別や戸籍上の性別と異なる性別のトイレを使用することを直接規制する法令等は見当たらないため,本件トイレに係る処遇は,専ら経産省が有する庁舎管理権の行使としてその判断のもと行われている。
      2.  自認する性別に即した社会生活を送る法的利益
        性別は,社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われており,個人の人格的な生存と密接かつ不可分のものであって,個人が真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは,重要な法的利益として,国家賠償法上も保護されるべきである。
        本件トイレに係る処遇は,Xの上記法的利益を制約するものである。
      3.  違法と評価された言動
        Xが女性用トイレの使用について制限を設けないことを求めた時点以降,経産省が本件トイレに係る処遇を継続したことは,庁舎管理権の行使に当たって尽くすべき注意義務を怠ったものとして,国家賠償法上違法の評価を免れない。
        また,担当者がXに対して概要「なかなか(性別適合)手術を受けないんだったら,もう男に戻ってはどうか」と発言したことは,Xの性自認を正面から否定するものであり,業務上の指導等を行うにあたり尽くすべき注意義務を怠ったものとして,国家賠償法上違法である。
  2.  Y交通事件(大阪地裁令和2年7月20日決定・労経速2431号9頁)
    1.  事案の概要
      タクシー会社(Y交通)に乗務員として勤務するXは,身体的性別は男性であり自認する性別は女性であって,勤務中を含む社会生活全般を女性として過ごしていたところ,乗客からの苦情(性的いやがらせをXから受けたとするもの)や,化粧が濃いこと等を理由にY交通から就労拒否をされたため,当該就労拒否はY交通の責めに帰すべき事由によるものであるとして,民法536条2項に基づき,賃金の仮払いを求めたものです。
      大阪地裁は,申立てを一部(月18万円の仮払い)認めました。
    2.  判旨のポイント
      1.  苦情について
        Xは苦情内容を否認しており,Y交通も苦情の内容の真実性について調査を行った形跡も認められないため,苦情内容の真実性をもって,就労拒否が正当な理由に基づくものとはいえない。
        また,苦情の存在自体をもって就労拒否は正当化できない。
      2.  Xの化粧が濃い点について
        業務中の身だしなみに対する制約は,業務上の必要性に基づく,合理的な内容の限度でなければならない。
        一般論として,サービス業において,客に不快感を与えないとの観点から,男性のみに対し,業務中に化粧を禁止すること自体,直ちに必要性や合理性が否定されるものとはいえない。
        しかし,Xは性同一性障害の診断を受けており,女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要性がある。また,今日の社会において,乗客の多くが性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず,Y交通が性の多様性を尊重する姿勢をとった結果,苦情が寄せられ,乗客が減少し,経済的損失などの不利益を被るとも限らない。
        化粧の程度が女性乗務員と同等程度であるか否かといった点を問題とすることなく,化粧を施した上での常務を禁止し,就労を拒否したことは必要性も合理性も認められない。
  3.  さいごに
    ご紹介した裁判例や昨今の社会情勢を踏まえると,職場において,性同一性障害をはじめとするLGBTに対する理解がより求められるようになっていることは間違いありません。企業としては,個別の事案に応じた積極的な対応及びLGBT当事者である従業員との実質的な協議が要請されます。また,かかる協議の場では,LGBTの社会的状況を踏まえて,置かれた状況や文脈を考慮した発言が求められるものと思われます。

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